主人公は高貴で美しい人。付き人と共に、何かから逃走している。

現代より少し前?あるいはバブルのタイルがメラメラと光るビルが今も活躍している現代。

飯田橋の首都高下のような、高架と古いビル群がごちゃごちゃと交差したような場所に彼女らは潜んでいた。

船に乗っていた。川ではなくて河口か港なのかもしれない。起きた時には船の名前まで覚えていたのに、今ではもう思い出せない。

彼女はその船を愛していた。その船を取り戻そうとしていた。頬に伝う海風を彼女は幾度も思い返していた。

元は彼女の船だったのだろうか。彼女は港?川?で何度もその船を見つめては思いに耽る毎日を過ごしていた。

買い戻す資金が足りなかったのか、逃亡資金を確保する為か分からなかったが、彼女は路線バスの運転手の仕事をしていた。都心の古いバスターミナルや、錯綜した道を、細い腕で華麗なハンドル捌きですいすいと進んで行く姿は美しさと逞しさの両方を体現していた。

付き人も彼女の務めるバス会社と同じビルにある職場で働いていたようだ。何の仕事をしているのかは分からなかった。仕事中まで彼女にくっついて回る事は現実的に厳しい。彼は彼女の手腕を信じていると共に、傍に入れない恐怖で日々焦りを募らせていた。

彼女が何者かの襲撃にあったのか、病魔を抱えていたのかは分からないが、彼女の命は風前の灯火だった。もう船を取り戻せない事を察した彼女は、海を横目にいつもと同じようにバスを走らせる。

付き人は守れなかった後悔と、もう為す術の無いやるせなさを抱えて悲嘆していた。そんな彼に対して、彼女はやれるだけの事はやったという満足した諦めを抱くだけで、いつものように眉を顰め困ったように笑うばかりだった。

かの船が二人の前を通り過ぎる。白く美しい船体に「〓〓〓〓」と文字。夕日を強く反射するその船は、この世のものでないかのように眩く海を行き、二人の傍を離れゆく。

彼女の頬にも強く西陽が当たって輝いていた。船に別れを告げるように、手を伸ばす彼女。なにも出来ず、呆然と立ち尽くす付き人。港の風が全てをかき消すように轟々と鳴り響いていた。

後記

ごちゃごちゃとした街が出てくる事はままあれど、船・港・川・バス・男女という組み合わせは初めてだった。

こう列挙すると原因となった記憶に覚えがあるが、出処は公言する事が出来ないので詳しくは語らない。

この死に際まで強く美しい女性は、自分の求めるヒロイン像である事は間違いない。ヒロインが主人公に憧れる・惚れるよりも、主人公がヒロインに惚れてしまいそうなほどかっこいい女性。芯がしっかりと通っていて、特定の他者へ依存しない。ただし、仲間意識や身内意識は強く、仲間や身内に対しては強い関心を抱く。

例え主人公に惚れたetcの流れになったとしても、彼女は彼女として趣味を持ち続けているし、一人の時間も充分に楽しむことが出来る。恋愛というベクトルを人生の主軸に取り込むことは無い。あくまで自分の人生から生えて並走している枝に過ぎないと思っている。

今回の付き人はキャラクターとしての立ち方は甘かった。結局なにも行動出来ず、心が右往左往するだけだった。ただ、彼女は自分の力で船を取り戻そうとしていたし、割とバス運転手の仕事も気に入っていた。心のどこかでは取り戻すことが不可能だと分かっていたようで、ちゃんとそれ以外の生き方を見つけていたのだ。ただ付き人の彼は、仕事を人生の一端として楽しむ事は出来ず、あくまで短期の隠れ蓑だと思っていただけだった。助けを求めようとしていない人を助ける事はとても難しい。為す術なく、尚且つ彼女よりも不出来な自分に自信を持てていなかったのではと思う。きっとそういったキャラクター性を深堀すれば魅力的なキャラクターではあったのだろうが、夢の中では深堀も描写もほとんどなかったので完全な脇役となっていたのだ。

総評として、情景的にとてもいい夢だった。かつて見た廃倉庫でのバトルアクション夢に匹敵する、臨場感に富んだ豊かな夢だった。心の芯まで美しい女性と、ごちゃごちゃとした街。河口から海へ向けて水平に去りゆく白い船。いつか小ネタとして作品に練り込めたらいいなと思う。


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